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しばやんの日々

アッツ島、キスカ島を占領する目的はどこにあったのか~~『キスカ戦記』を読む1

京都にいる親しい友人から、近所に「キスカ島撤退作戦」を体験した中村さんという方がおられるとの情報が入り、その方の話を友人と一緒に聞くことになった。中村さんは大正14年(1925)のお生まれで91歳という高齢ではあるが、大変お元気で、言葉もしっかりしておられたのに驚いた。2時間近くお話を伺ったが、私にとってはこんなに長時間にわたって戦争の体験談を直接聞いたのは初めての経験で、いろいろ勉強になることが多かった。...

補給に苦しみながら敵の上陸を許さなかったキスカ島の兵士たち…『キスカ戦記』を読む4

キスカ島の防衛のためには、航空戦力が不可欠であることぐらいはわかっていたはずなのだが、わが国には航空部隊や航空機を北方に差し向ける余裕はなかった。米国はアムチトカ島に航空基地を完成させると、それ以降米軍機によるキスカ島への空襲が激しさを増すことになる。『キスカ戦記』にはこう解説されている。「キスカ在舶艦船を主な攻撃目標にしていた米航空機は、在舶艦船がいなくなり、わが航空兵力が逼塞すると見るや、対空...

艦隊乗艦員の手記によるキスカ島守備隊撤退作戦……『キスカ戦記』を読む8

前回はキスカ島守備隊の兵士たちの手記を中心に紹介したが、今回は守備隊撤収のためにキスカ湾に突入した艦隊乗艦員の手記を紹介することにしよう。第1回目は、「6月25日、キスカは霧」という艦隊気象長の天気予報を信頼して、6月22日に全艦隊が北千島にある幌筵(ほろむしろ)を出撃したのだが、幌筵からキスカ島までは直線距離で1500kmも離れている。気象衛星など最新機器を用いた今日の天気予報でも、数日先の天気などはあまり当...