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しばやんの日々

日本軍が真珠湾に向かっていることを知りながら手を出させなかったアメリカ側の事情

このブログで日中戦争からハル・ノートまでの流れをいろいろ書いてきたが、アメリカが絡む問題で、一つ書いておきたいことがある。アメリカで1935年に成立した「中立法」という法律があるのだが、この時代を読み解くにあたっては、この法律を理解しておくべきであることを最近になってようやく分かってきた。この法律を調べると、米大統領が、戦争状態にある国が存在していることまたは内乱状態にある国が存在していることを宣言し...

なぜわが国にだけ原爆が落とされたのか~~米国排日10

以前このブログで、わが国のメディアや出版物で原爆を批判することをGHQが許さなかったことを書いた。http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-186.html たとえば朝日新聞は鳩山一郎の「原子爆弾の使用や無辜(むこ)の國民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の國際法違反、戦争犯罪であることを否むことは出来ぬ」という談話を載せたために2日間の業務停止処分を受けているが、鳩山一郎の言っていることは誰が考えても正...

ルーズベルトはなぜ黄色人種の中国を連合国陣営に残そうとしたのか~~米国排日11

「米国排日」シリーズの最初の記事で『昭和天皇独白録』の冒頭の文章を紹介した。 「大東亜戦争の遠因この原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在してゐる。日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず、黄白の差別感は依然存在し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。…かゝる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上がつた時に、これを抑えることは容易な業ではない。」(...

『ポツダム宣言』を受諾したわが国は、連合国に「無条件降伏」したのか

1945年8月14日、日本国は『ポツダム宣言』の受諾を決定し、9月2日に降伏文書に調印した。 学生時代には「太平洋戦争はわが国が連合国に無条件で降伏した」と学んだ記憶があるし、テレビの解説などで「無条件降伏」という言葉を何度も聞いたと思うのだが、最近のわが国の高校教科書ではそう書かれていないことに気がついた。例えば『もういちど読む山川日本史』では、 「8月14日、ポツダム宣言受諾を連合国に通告し、翌8月15日、天...

『ポツダム宣言』の各条項が決まるまでの経緯と公表後の日本の反応~~ポツダム宣言2

前回の記事で、『ポツダム宣言』がわが国に対し戦争を終結させるための条件を提示した文書である事を書いた。 実はこの『ポツダム宣言』が公表される前に、連合国側がわが国に提示しようとしていた天皇制維持に関する重要な部分が削除されたことを最近知った。しばらく鳥居民氏の解説を引用する。「ポツダム宣言は公表に先立ち、削除した箇所があることはだれもが承知している。全13節あるうちの第12節の後半の部分が取り除かれた...