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しばやんの日々

薩長を支援したイギリスに対抗して江戸幕府に接近したフランス

元治元年(1864)3月にフランスの新公使ロッシュが日本に着任した。この人物は、前任のド・ベルクールがイギリス追随であったのに対し、イギリスと対抗しようとする姿勢で臨んでいる。【フランス公使 ロッシュ】鈴木荘一氏の『開国の真実』にこう解説されている。「ロッシュは、着任早々、幕府首脳陣に対し、『アヘン戦争がはっきり示しているように、イギリスは工業製品の市場を拡大するためには他国を侵略して顧みない。これにひ...

フランスの指導により近代的陸軍を整えながら徳川慶喜はなぜ大政奉還したのか

前回の記事で、フランス公使ロッシュの献策により、慶応3年(1867)5月に朝議の場で徳川慶喜が兵庫開港の勅許を得、井伊大老の調印した通商条約の不備を補完して対外公約を果たし、これにより幕府は、諸外国から苛烈な要求をする原因を封じることに成功したことを書いた。徳川慶喜はその2ヶ月前に大坂で各国の公使と謁見しその席で兵庫開港を確約したのだが、この時の慶喜は各国公使に好印象を与え、これまで討幕勢力を支援してきた...

イギリスとフランスにとっての戊辰戦争

前回の記事で、西郷隆盛の命を受けて東征軍参謀の木梨精一郎(長州藩士)および渡辺清(大村藩士)がイギリス公使のパークスを訪ねて、江戸城総攻撃の際に新政府軍の負傷兵の手当てをする病院の世話をして欲しいと依頼したところ、パークスが激怒したことを書いた。徳富蘇峰の『近世日本国民史 第68冊』に、パークスと直接交渉した木梨精一郎の話(『維新戦役実座談』)の一節が引用されているので紹介したい。【木梨精一郎】「その時に...