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しばやんの日々

カリフォルニア州の排日運動が、日露戦争後に急拡大した背景を考える~~米国排日1

昭和21年の3月から4月にかけて、当時の松平慶民宮内大臣・木下道雄侍従次長らが、戦争に至った遠因・近因、経過および終戦の事情について、昭和天皇から5回にわたって聞き書きをした貴重な記録がある。その冒頭は昭和天皇の次のようなお言葉となっている。「大東亜戦争の遠因この原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在してゐる。日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず、黄白の差別感は依然存...

日本軍の真珠湾攻撃で快哉を叫んだ米国黒人が少なからずいた~~米国排日7

そして1941年12月8日の真珠湾攻撃で日米の戦いが始まった。 米国の黒人たちは、この日本人との戦いをどう捉えていたのであろうか。今まで何度紹介したレジナルド・カーニー氏の著書『20世紀の日本人』にはこう書かれている。 「…日本が真珠湾に奇襲をかけた時、黒人の意見はいくつかに割れた。母国であるアメリカが攻撃を受けたのだから、ひとまず人種問題は置いといて、とにかく戦わねばならない。いやずっと求め続けてきた黒人の...

なぜ日系人だけが強制収容所に送られたのか~~米国排日8

「カリフォルニア州の排日運動が、日露戦争後に急拡大した背景を考える~~米国排日1」でアメリカの新聞王と呼ばれるウィリアム・.ハーストが1914年(大正3)から排日キャンペーンを開始したことを書いた。http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-260.html ハーストが米国大衆に危機感を煽って新聞が売れることを狙ったのか、権力がマスコミを使って反日に世論を誘導したかどちらかはよくわからないが、ハースト系のメディ...

ルーズベルトはなぜ黄色人種の中国を連合国陣営に残そうとしたのか~~米国排日11

「米国排日」シリーズの最初の記事で『昭和天皇独白録』の冒頭の文章を紹介した。 「大東亜戦争の遠因この原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在してゐる。日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず、黄白の差別感は依然存在し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。…かゝる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上がつた時に、これを抑えることは容易な業ではない。」(...