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しばやんの日々

一度神社になった国宝吉野蔵王堂

3年前の桜の時期にバス旅行で吉野に行ったことがある。有名な桜の名所だけに凄い人だった。ここを訪れる人の大半が、行きか帰りに、東大寺大仏殿に次いで日本で二番目に大きい木造建築物である金峯山寺(きんぶせんじ)の蔵王堂を参拝して休憩をとると思うのだが、この時はこの寺院の歴史を何も知らずにただ参拝しただけだった。 最近になって廃仏毀釈の事に興味を持つようになりいろいろ調べていくと、金峯山寺のホームページに「...

鳥居は神社のものなのか

鳥居は神社の入り口にあるもので、お寺に鳥居などはあるはずがないものだと子供の頃から思ってきたのだが、その考え方が正しくないことが分かってきたのはつい昨年のことだ。 たとえば、聖徳太子の創建である大阪の四天王寺に行くとこのように西の入口に石の鳥居が建っている。この鳥居は永仁2年(1294)に再建された、日本最古の石造りの大鳥居とされ、国の重要文化財に指定されている。扁額には「釈迦如来 転法輪所 当極楽土 ...

世界遺産の吉野山金峯山寺と特別公開中の秘仏・蔵王権現像

奈良県にある吉野山は古来桜の名所として有名で、三年前の桜の時期にバス旅行で行った時はものすごい人だった。吉野に来たほとんどの観光客が最初に訪れる世界遺産の金峯山寺(きんぷせんじ)は、明治7年に修験道が禁止されて一時的に廃寺となり、国宝の蔵王堂などは強制的に神社にされてしまったことは以前このブログにも書いた。http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-85.html上の画像は江戸時代後期に描かれた「吉野山...

吉野山の世界遺産を訪ねて~~金峯山寺から吉水神社、水分神社、金峯神社

前回は吉野山の金峯山寺のことを書いた。 「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されたのは平成16年(2004)だが、この時に世界遺産に登録されたのは、①吉野・大峯②熊野③高野山のそれぞれの霊場とそれらの参詣道で、吉野山における世界遺産の構成資産は、金峯山寺だけでなく、吉水神社(よしみずじんじゃ)、吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)、金峯神社(きんぷじんじゃ)の寺社の他に大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)および...

天誅組の最後の地・東吉野から竹林院群芳園へ~~五條・吉野の旅その2

孝明天皇の大和行幸に先行して天皇の鳳輦を迎えようと、文久3年(1863)8月17日に五條代官所を襲って「五條新政府」を置いた天誅組であったが、翌8月18日に宮中でクーデターが起こって長州藩と尊王攘夷派の公卿が京都から追放され、孝明天皇の大和行幸も中止となって天誅組は1日で皇軍御先鋒の大義名分を失い、反乱を起こした賊として討伐を受ける側に立たされたことを前回の記事で書いた。総勢100名程度の天誅組征伐に、幕府は近畿...

吉野の森林王と、闇の歴史である後南朝の史跡を訪ねて~~五條・吉野の旅その3

竹林院群芳園で朝食を済ませて、吉野郡川上村にある蜻蛉(せいれい)の滝に向かう。あきつ小野スポーツ公園があり、その園内を川沿いに進むとこの滝が見えてくる。 蜻蛉というはトンボのことだが、『日本書紀巻第十四』雄略天皇の4年の記録にこの地名の謂れが出てくる。 「秋八月十八日、(雄略天皇は)吉野宮においでになった。二十日に川上の小野にお越しになった。山の役人に命じて獣を狩り出させられた。自分で射ようとして構えて...