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しばやんの日々

「二・二六事件」と中国の「西安事件」に垣間見えるコミンテルンの影

前回の記事で、昭和10年(1935)の第7回コミンテルン大会におけるスターリン演説を紹介し、当時コミンテルンが立てていた戦略は、日本を支那とアメリカ・イギリス、ドイツをイギリス・フランスと戦わせて、最後に漁夫の利を占めることであったことを書いた。このコミンテルン大会の後でわが国と中国で起こった事件を調べてみると、不可解でかつ重大な出来事が相次いでいることに気が付く。 先に中国側の出来事から見て行こう。まず、...

盧溝橋事件の後で、なぜ我が国は中国との戦いに巻き込まれたのか

以前このブログで、昭和12年(1937)7月7日深夜に起こった「盧溝橋事件」のことを書いたことがある。 教科書などの多くは、一方的にわが国が中国に侵略したかのような書き方になっているのだが、日中戦争が泥沼化していった契機となった「盧溝橋事件」を仕掛けたのは、中国共産党であったことが今では明らかとなっている。中国共産党の周恩来(1898-1976)が、昭和24年(1949)10月1日(中華人民共和国成立した日)に「あの時(盧溝橋事件...