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しばやんの日々

シーボルトが、なぜわが国が西洋列強に呑まれないように奔走したのか

前回の記事で、開国に際してわが国と欧米諸国との間に武力衝突が起きなかったのは、シーボルトの貢献が大きかったのではないかという事を書いた。シーボルトの第1回目の来日は文政6年(1823)の6月で27歳の時であった。そして文政11年(1828)の9月に有名な「シーボルト事件」が起こり、その翌年に国外追放となっている。その短い滞在期間の間に、若きシーボルトのことを記した古文書が長崎にあるという。『寄合町諸事書上控』という古...