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しばやんの日々

三国干渉に直面したわが国の外交交渉はいかなるものであったのか

世界の予想を裏切ってわが国は清に圧勝し、講和談判が下関で行われて、明治28年(1895)4月17日に講和条約(下関条約)が調印された。この条約によって清国はわが国に①朝鮮の独立②遼東半島・台湾・澎湖島の割譲③賠償金2億両(テール:当時の日本円で3億1000万円)の支払いなどを認め、わが国は戦勝の喜びに沸いたのだが、清国ではその逆で囂々たる反対で沸き返ったという。中村粲(あきら)氏は清国の動きを著書でこう述べている。「例えば...