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しばやんの日々

GHQの中にもソ連の工作があったのではないか

ウィロビーの回顧録を読み進むと、わが国の「公職追放」に関するニューズウィーク紙(1947年1月27日付)の「日本の公職追放の裏側――米国軍人の対立」という論文の一部が引用されている。そこにはこう書かれている。「公職追放を財界へも及ぼしたため、日本の財界人は5千人から2万5千人がその職を追われ、その上三親等までその職に就けないから、犠牲者は約25万名にのぼる。これによって日本の全経済機構の知能が取り除かれてしまった...

アメリカがGHQの中の左翼主義者の一掃をはかった事情

ウィロビーの回顧録を読み進んでいくと、1947年4月23日付でウィロビーが纏めさせたマッカーサー最高司令官に宛てた『総司令部への左翼主義者の浸透状況』というマル秘レポートが掲載されている。一部を紹介させていただく。まず、どの程度ソ連に近い人物がGHQにいたのだろうか。このレポートにはこう書かれている。 「総司令部の各部局に在職している外国分子を統計的に分析してみると、ソ連またはソ連衛星国の背景をもった職員の...

ゾルゲ、尾崎らが一斉検挙に至った経緯について

前回の記事で尾崎秀実自身がソ連のスパイ活動をしていたことを記述した獄中手記の文章を紹介した。この尾崎秀実を自白させたのは特高第一課係長であった宮下弘と言う人物だが、特高はその前に、アメリカ共産党員の宮城与徳を自白させてゾルゲや尾崎がスパイ活動をしているとの供述を引き出している。ところが、当時この宮城与徳という人物については捜査線上になく、北林トモというアメリカ共産党員の取調べで浮上してきたという。...

特高が送り込んだスパイに過剰反応した日本共産党

前回記事の最後に、昭和8年(1933)の12月に日本共産党の宮本顕治・袴田里見らが仲間をリンチにかけて殺害した「日本共産党スパイ査問事件」のことを書いた。この事件で日本共産党中央委員であった大泉兼蔵と小畑達夫の2名がリンチに遭い、翌日に小畑が死亡したのだが、この二人が仲間から暴行を受けた理由は「特高のスパイ行為を働いた」というものであった。http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-283.html『特高の回想...

日本共産党が軍を工作するために制作したパンフレットなどを読む

前回は、ソ連が如何にしてわが国や世界に共産主義を拡げていったかについて書いたのだが、読者の中には、「軍国主義」を礼賛したような時代のわが国の新聞に書かれている記事を紹介されても、その内容そのものが信用できないという方もおられるだろう。そこで今回は、当時の日本共産党が軍部に対してどのような文書を拡散していたかを紹介したい。昭和7年(1932)9月1日に日本共産党が対軍工作の為に出した『兵士諸君に与ふ』という...

日本共産党が在日朝鮮人と連携し武装闘争に走った時代を忘れるな

前回の記事で、昭和20年10月に再刊されたばかりの日本共産党の機関紙『赤旗』第一号の『人民に与う』という論文で、米占領軍を「解放軍」と賛美していたことを書いた。そして翌年2月の第5回日本共産党大会では、この「解放軍」規定が敷衍化された「占領下平和革命論」が当面の党の綱領的方針として採択されている。その当時のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)にはソ連に繋がるスタッフが数多くいて、わが国を共産国化させるプログ...