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しばやんの日々

龍野公園と龍野城の桜を楽しむ

しばらく地震の記事ばかり書いていたら、ブログ仲間から桜の写真を催促されてしまった。 桜の時期になると毎年どこかへ桜を見に行くのだが、ブログを書き始めてからどこに行くか随分迷うようになったし、どこの写真を撮るにしてもアングルなどに随分こだわるようになった。 有名なところはどこへ行っても人が多いのでゆっくり景色を楽しめず、余程早くいかないと人や車や電線など余計なものが写ってしまう。マイクを使ってイベント...

桜の咲く古民家の風景を求めて

最近大きなテーマばかりを書いてきたので、たまには息抜きで今年の桜を話題にすることにしたい。 有名なお花見スポットはどこへ行っても、いつ行っても観光客が多すぎて、なかなかいい写真が撮れない。できれば屋台の店舗がなくて、観光客が比較的少なくて、昔と変わらないような風景の中で静かに桜を楽しみたいと思う。そんな場所を伝えたいと思って昨年は龍野城を紹介したが、今年は大阪府豊中市の服部緑地公園の一角にある「日...

津山城址と千光寺の桜を楽しむ

毎年桜の時期になると、桜の美しいところを訪ねてブログの記事を書きたくなるのだが、ずっと以前にポスターで見た岡山県の津山城址の桜が素晴らしかったのが気になっていた。たまたま4月に広島方面に行く予定があったので津山市に途中で立ち寄ることにし、津山城址の満開の桜をこの目で見て、あわせて津山市の名所旧跡などを訪ねることにした。 津山城は、織田信長の小姓・森蘭丸(もりらんまる)の末弟の森忠政(もりただまさ)が、慶...

津山の文化財を訪ねた後、尾道の桜を楽しむ

津山の「樹庵」の食事を終えて、午後は津山の文化財を巡る計画を立てていた。 最初に訪れたのは、美作一の宮の「中山神社」。ご祭神は鏡作(かがみつくり)命・大己貴(おおなむち)命・吉備津彦(きびつひこ)命である。 現地の案内板によると、こう書かれている。 「中山神社は、慶雲四年(707)の創建と伝えられる美作国の一宮です。『延喜式』にも載せられた式内社で、『今昔物語』には『今昔(いまはむかし)、美作国ニ中参(中山)・高野...

万葉集で桜を詠った作品が少ないのはなぜか

桜が楽しめそうな季節が近づいてきたが、最初に万葉集に桜を詠んだ歌を紹介しよう。 「見渡せば 春日の野辺に 霞立ち      咲きにほへるは 桜花かも」 巻10の1872 作者未詳 「桜花 今ぞ盛りと人は言へど      我は寂しも 君としあらねば」 巻18の4074 大友池主【吉野の桜】万葉集で桜が題材になっている歌は41あるのだそうだが、群馬県立女子大の北川和秀教授の集計によると、万葉集で一番多く詠われている植物...

桜の咲く季節に京北の歴史と春を楽しんで

常照皇寺と黒田百年桜は残念ながら美しい桜を楽しむことが出来なかったのだが、山国護国神社の次に訪れた福徳寺(京北下中町寺ノ下 ☎0771-54-0971)の桜はちょうど見頃を迎えていた。福徳寺は曹洞宗の寺院で、寺伝では和銅四年(711)に行基が創建し、弓削道鏡が七堂伽藍を整え弓削寺と称して、現在地より北へ数百メートル先の大谷口にあったとされるのだが、応永三年(1396)の火災に遭い、再建されたものの周山城築城の用材調達のため...

桜の咲く季節に奥州平泉の中尊寺、毛越寺、達谷窟、巌美渓を訪ねて

伊丹空港からいわて花巻空港に行き、レンタカーを借りて岩手県を旅行してきた。最初に向かったのは中尊寺である。後三年の役(1083~87年)で清原氏が滅んだのち、藤原清衡は奥州平泉に拠点を移して奥羽を支配し、前九年の役(1051~1062年)から続いた奥羽の戦乱の犠牲者を弔うために、平泉に大規模な寺院の造営に着手した。清衡は長治2年(1105)に多宝寺を建立し、続いて釈迦堂、天治元年(1124年)には金色堂を建立し、大治元年(1126...