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しばやんの日々

明治期の日本にとって朝鮮半島はいかなる存在であったか

前回の記事で、陸奥宗光外相らの努力により日清戦争の始まる直前に、英国との間に治外法権を撤廃する条約改正が成就したことを書いた。キンバレー英外相は「この条約は、日本にとっては、清国の大兵を敗走させたよりも、はるかに大きい意義がある」と述べたのだそうだが、この言葉の意味を理解するためには当時の朝鮮半島のことを知る必要がある。以前このブログで「征韓論争」のことを書いた。http://shibayan1954.blog101.fc2.co...

福沢諭吉は、どういう経緯で『脱亜論』を書いたのか

甲申事変の後、日清間で締結された天津条約(1885年)によって日清両国は朝鮮より撤兵したが、清の袁世凱(えんせいがい)は通商事務全権委員という名目で依然ソウルに留まり、朝鮮への圧力と干渉を強めていった。ところが、天津条約で日清両軍が撤兵したことは千載一遇のチャンスであるとみて、ロシアという新たな脅威が朝鮮半島に進出してきたのである。1884年、ロシアが朝鮮と通商条約を結んだ後に駐韓公使となったウェーバーが、清...