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しばやんの日々

石清水八幡宮と松花堂弁当

徒然草の第52段に「仁和寺にある法師、年よるまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、或る時思い立ちて、ただひとりかちよりまうでけり。」ではじまる有名な文章があるが、最近になってこの石清水八幡宮が以前は仏教を中心とする施設であったことを知った。 石清水八幡は貞観2年(860年)僧行教によって寺院として創建され、後に神仏習合で神社と共存するのだが、「男山四十八坊」と言われるように男山全体は以前は圧倒的にお寺...

大山崎美術館と宝積寺

前回石清水八幡宮と松花堂庭園に行ったことを書いたが、その日は時間があったのでそれから大山崎美術館とすぐ近くの宝積寺に立ち寄った。 大山崎美術館の建物はもともとは1911年に実業家加賀正太郎が個人の別荘として建てたものだそうだが、バブルの頃にある不動産会社がこの建物を壊してマンションを開発する計画が持ち上がったらしい。地元住民からこの大正期の立派な建築物を壊すことに強い反対運動が起こる中、アサヒビールが...

全焼したはずの坂本龍馬ゆかりの宿「寺田屋」~~平成の「寺田屋騒動」

9月5日の「龍馬伝」は第36回「寺田屋騒動」だった。 京都に生まれ育ったものの、寺田屋は遠かったので行ったことがなかった。こういう番組を見てしまうと急に行きたくなって、たまたま10日が振替休日だったので、平日の方が観光客が少ないかと考えて出かけてきたが、朝10時のオープンを待つ人が随分大勢並んでいたのに驚いた。観光バスのツアーで来ておられる人も少なからずいたようだ。 中に入ると龍馬やお龍、お登勢の写真から、...

京都伏見歴史散歩~~御香宮から大倉記念館

前回は寺田屋に行ったことを書いたが、寺田屋の近くには見逃せない観光スポットがいくつかある。 寺田屋が開くのが10時なので、この日は寺田屋を行く前に2か所ばかり観光をしてきた。今回は、私が見学してきた寺田屋近辺の観光地のことを書こう。 最初に訪れたのは御香宮(ごこうのみや)神社である。 平安時代の貞観4年(862)に、この神社の境内から「香」の良い水がわき出たので、清和天皇から「御香宮」との名前を賜ったが、それ...

「一休寺」と、自然野菜の手作り農園料理「杉・五兵衛」

前回は、御香宮神社と大倉記念館のことを書いたが、この日はそれから寺田屋を見た後、「一休さん」で有名な「一休寺」に向かった。とんち話で有名な「一休さん」はテレビアニメにもなって日本人なら誰でも知っていると思うのだが、その「一休さん」こと一休宗純禅師が晩年を過ごした「一休寺」というお寺が京都府京田辺市にあることを知ったのはつい最近のことである。友人からも勧められていて、ずっと前から行ってみたいと思って...

日本三景「天橋立」の楽しみ方~~~二年前の「天橋立」カニ旅行 その①

日本三景の一つである「天橋立」は今まで社内旅行などで何度か行く機会があった。 観光バスが案内してくれるのは北側の傘松公園か南側の天橋立ビューランドのいずれかで、電車で行く場合は天橋立ビューランドで見ることが多かった。 行く季節は秋から冬が多く、景色を楽しんだ後は日本海のカニを堪能することが多い。上の画像は天橋立ビューランドから見た景色であるが、ここから見る天橋立は龍が天に登る姿にたとえられ「飛龍観」...

伊勢神宮より古い神社と伊根の舟屋を訪ねて~~二年前の天橋立カニ旅行②

宮津温泉の茶六別館で朝食を済ませて、天橋立をゆっくり眺めながら、傘松公園の近くの「元伊勢籠神社*(もといせこのじんじゃ)」に行く。(*「籠神社」とも言う。)「元伊勢」という字が冠されるのは、天照大御神や豊受大神を伊勢神宮の内宮・外宮に鎮座する前にこの場所で祀っていたという伝承をもつことを意味するそうだが、第十代崇神天皇の御代に日本国中に疫病が大流行したらしく、それがきっかけとなって何度も遷宮を繰り返し、...

東大寺の大仏よりもはるかに大きかった方広寺大仏とその悲しき歴史

ネットで古い写真を探していると、明治13年(1880)に撮影された京都名所の写真集に遭遇した。http://www.nichibun.ac.jp/meisyozue/satsuei/page7/KM_08_01_001_1.html 国際日本文化研究センターのサイトにいけば誰でもこの写真集を見ることが出来るのだが、そこに写っている写真は私も何度か行ったことがあるようなお寺や神社のものが大半だ。写真を見てどこを撮影したものかはある程度見当がついたのだが、この写真だけは少なから...

坂上田村麻呂と清水寺

先日京都の清水寺に行ってきた。2月の寒い時期は京都に来る観光客が少ない時期ではあるのだが、週末ともなるとさすがに清水寺は別格で、訪れる観光客は多かった。この清水寺の広い境内の中に、1994年に建立された「阿弖流為 母禮之碑」(アテルイ モレの碑)がある。多くの観光客と同様に、私もこの碑の前を今まで何度も通り過ぎてきただけだった。この碑が何のために建立されたのか、長い間私も良く知らなかったので調べてみると...

明治期に潰れてもおかしくなかった清水寺

下の画像はこのブログで以前何度か紹介した江戸時代の安永9年(1780)に刊行された「都名所図会」にある、「清水寺」の絵である。http://www.nichibun.ac.jp/meisyozue/kyoto/page7/km_01_171.html 下の画像が現在の伽藍配置である。「都名所図会」では上方向が北東で、現在の配置図は上方向が東に描かれていているのに注意して見て頂きたいのだが、「都名所図会」で左下に描かれている「子安塔」が、今では国宝・本堂(清水の舞台)...

住職が勤王倒幕運動に身を投じた江戸幕末の清水寺

前回の記事で清水寺が明治期の廃仏毀釈や上知令などでひどく荒廃したことを書いた。そのなかで、幕末以来住職不在であったことも触れたのだが、実は清水寺は幕末の頃からかなり荒廃していたらしいのだ。その頃の事情について、前回紹介した加藤眞吾氏の『清水寺の謎』には次のように記されている。(文章の中の「山内」は清水寺全体のことを指している。) 「…十九世紀初め頃の清水寺は、江戸時代に発達した商品・貨幣経済の波に翻弄...

大迫力の閻魔大王像に魅せられて~~水無瀬から大山崎歴史散歩3

水無瀬の滝と東大寺春日神社の後はサントリー山崎蒸留所に向かう。本当は予約が必要なのだろうが、当日でも時間待ちをすれば、サントリーウィスキー「山崎」の仕込から発酵、蒸留、熟成までの製造工程の見学ができ、さらにおつまみ付きで「山崎」や「白州」の試飲もできるし、時間の制約があるものの、おかわりも自由だ。結構歩いて汗をかいたあとにウィスキーを飲んで疲れをいやすという目的があったことは言うまでもないが、ここ...

浄瑠璃寺から岩船寺へ~~秋深まる当尾の里の名刹と石仏を訪ねて

毎年紅葉の季節になると、古い寺や神社を巡りたくなる。あまり有名すぎる観光地は人が多すぎて風情を感じることが少ないので避けて、なるべく歴史的風土が良く残されていそうな場所を選んで旅程を組むのだが、今回は京都府の木津川市にある古社寺を巡る旅程を立てて、先日行ってきた。最初に訪れたのは木津川市の東南部にある加茂町の浄瑠璃寺(0774-76-2390)である。京都府とはいっても、奈良県との県境に近い当尾(とおの)の里に位...

海住山寺から神童寺、蟹満寺を訪ねて

前回に引き続き、京都府木津川市にある国宝や重要文化財のある社寺等を巡る旅行記を続けよう。前回の記事で、天平12年(740)の藤原広嗣の乱の後、聖武天皇が平城京から恭仁宮(くにのみや)に遷都し、その際に木津川市加茂町の森八幡宮に宇佐八幡を勧請したことを書いたが、その森八幡宮からJR加茂駅の西口を通り、恭仁大橋を渡って岡崎バス停前の道を左折して600mほど直進すると、『山城国分寺跡』と彫られた石碑がある。しかし近く...

洛北の紅葉の名所を訪ねて~~実相院から圓通寺へ

ここ数年、紅葉の季節になると古い寺や神社を訪ねたくなる。いつもなら人や車の多い場所を避ける主義なのだが、学生時代に何度か訪れた思い出の場所を急に訪ねたくなって、近隣の寺社とともに巡る旅程を立てて、先日京都市の岩倉から修学院の古刹などを訪ねてきた。最初に訪ねたのは岩倉にある実相院(075-781-5464)である。この寺の障壁画が気に入って、高校時代から大学時代にかけて何度か訪れた寺なのだが、当時の観光客はわずか...

妙満寺、圓光寺、金福寺の秋を楽しんで

圓通寺の借景を楽しんだのち、近くの妙満寺(みょうまんじ:075-791-7171)を訪ねる。この寺を創建した日汁大正師(にちじゅうだいしょうし)は、もとは玄妙(げんみょう)という天台宗の僧であったが、故郷の会津で日蓮上人の教えに触れて、康暦2年(1380) 67歳の時に日蓮宗に改宗し名を改め、都に上って康応元年(1389)に六条坊門室町(現在の烏丸五条あたり)に妙満寺を建立し根本道場としたという。その後何度か寺が焼失し移転を繰り返し...

京北の常照皇寺と山国隊の歴史を訪ねて

毎年10月に行われる京都の時代祭を参観された方は御存知だと思うのだが、行列は明治維新から順次時代を遡っていき、その先頭を進むのが「維新勤王隊列」で、京都市観光協会による時代祭のHPには「維新に際して、幕臣が東北地方で反乱したとき、丹波北桑田郡山国村(現在・右京区京北)の有志が山国隊を組織して官軍に加勢しました。」と書かれている。https://www.kyokanko.or.jp/jidai/gyoretsu_1.htmlYoutubeで検索すると、時代...

桜の咲く季節に京北の歴史と春を楽しんで

常照皇寺と黒田百年桜は残念ながら美しい桜を楽しむことが出来なかったのだが、山国護国神社の次に訪れた福徳寺(京北下中町寺ノ下 ☎0771-54-0971)の桜はちょうど見頃を迎えていた。福徳寺は曹洞宗の寺院で、寺伝では和銅四年(711)に行基が創建し、弓削道鏡が七堂伽藍を整え弓削寺と称して、現在地より北へ数百メートル先の大谷口にあったとされるのだが、応永三年(1396)の火災に遭い、再建されたものの周山城築城の用材調達のため...