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しばやんの日々

『板垣死すとも自由は死せず』が広められた背景を読む

私の書棚に1冊のGHQ焚書図書がある。ある古本屋で見つけて1000円で買った菊池寛の『大衆明治史』(国民版)という本だ。なぜこんなに面白い本が焚書処分にされたのかと考えるのだが、おそらくは以前私が紹介した、「マリア・ルーズ号事件」のことを記述しているからなのであろう。http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-113.htmlマリア・ルーズ号は南米ペルー船籍の船だが、明治5年(1872)に大量の中国人奴隷をアメリカに運...

自由党と立憲改進党が帝国議会開設を前に衰退した経緯

自由民権運動の高まりに対抗して明治政府は集会条例を制定するなど民権派の活動を取り締まる一方、政府主導による立憲政治の実現にとりかかった。政府部内でも大蔵卿・参議の大隈重信がすみやかに憲法を制定して国会を開設し、イギリスをモデルとした議会中心の政党政治を行なうことを主張したが、岩倉具視、伊藤博文らはドイツ流の君主の権限の強い憲法制定をとなえて大隈と対立していた。明治14年(1881)に、開拓使官有物払下げを...

大久保利通を暗殺した石川県の不平士族らは何を求めていたのか

明治9年(1876)の第2次府県統合の後の地図を眺めていると、石川県、島根県、高知県、愛媛県、長崎県、鹿児島県など不自然に大きな県が存在し、また奈良県がなく現在の大阪府南部と奈良県を領有した堺県があったことなどいろいろなことがわかる。【明治12年(1879)時点の地図(斉藤忠光氏作成)】これらの県では、のちに分県運動が立ち上がり、富山県、福井県、奈良県、鳥取県、徳島県、香川県、佐賀県、宮崎県の8県が復活を果たすので...