共産主義に傾倒した陸軍参謀本部大佐がまとめた終戦工作原案を読む
今までこのブログで何度か紹介してきた、種村佐孝という人物についてWikipediaではこう解説されている。「太平洋戦争(大東亜戦争)中、陸軍参謀本部戦争指導班長をつとめ、大本営の戦争指導にあたった。戦争末期、対米降伏・和平交渉はアメリカの偽装であり、対米戦争の継続のためソ連同盟論を主張、対ソ終戦工作に従事する。戦後にシベリア抑留に遭い、モンゴルのウランバートルにあった『第7006俘虜収容所』にて、共産主義革命...
昭和初期以降、わが国の軍部が左傾化した背景を考える
前回の記事で、わが国の終戦工作を担当した陸軍大佐がひどくソ連寄りであったことを書いたのだが、ではなぜ、わが国の軍隊の中枢部に共産主義思想の持ち主が入り込むことを水際で阻止できなかったのかと誰でも思う。以前このブログで、尾崎秀実を取り調べた特高の宮下弘氏の著書『特高の回想』を紹介したことがある。その宮下氏が右翼担当であった時に、皇道派の大物・真崎甚三郎を訪れたことがあり、その時に真崎が宮下氏に語った...
ロシア革命後、ソ連はいかにして共産主義を全世界に拡散させたのか
前回は、日本の軍部が左傾化していることを報じている当時の新聞記事を紹介したが、今回は、いかにしてソ連は、わが国だけでなく世界に共産主義を拡げていったかについて書かれている記事をいくつか紹介したい。1917年(大正6)にロシア革命が起こり史上初の社会主義政権が誕生したのだが、国内では反革命勢力(白軍)との内乱が続き、外債を踏み倒された独英仏などは反革命勢力を支援した。そこでソヴィエト政権は、白軍と対抗するた...
日本共産党が軍を工作するために制作したパンフレットなどを読む
前回は、ソ連が如何にしてわが国や世界に共産主義を拡げていったかについて書いたのだが、読者の中には、「軍国主義」を礼賛したような時代のわが国の新聞に書かれている記事を紹介されても、その内容そのものが信用できないという方もおられるだろう。そこで今回は、当時の日本共産党が軍部に対してどのような文書を拡散していたかを紹介したい。昭和7年(1932)9月1日に日本共産党が対軍工作の為に出した『兵士諸君に与ふ』という...
なぜわが国が中国との戦争に巻き込まれたのか…興亜院政務部の極秘資料を読む
高校で日中戦争を学んだ時に、わが国がなぜ戦争に巻き込まれのかが理解できなかったのだが、最近の教科書ではどう書かれているのかと思って『もう一度読む 山川の日本史』を読み直してみる。そこにはこう記されている。「日本はしだいに中国北部にも勢力を伸ばし、この地方の軍閥に力を貸して、国民政府の影響から切り離そうとした。そのころ中国では、国民政府と共産党の内戦が続いていたが、1936(昭和11)年に張学良が蒋介石を監...