江戸幕末以降の危機を何度も乗り越えて、奇跡的に残された国宝・姫路城を訪ねて
姫路城から書写山・円教寺を巡る小旅行をずっと前から企画していたのだが、姫路城は昨年の3月に5年半に及ぶ「平成の大修理」を終えて以降訪れる観光客が半端な数ではなく、昨年の夏の平日に観光した知人から、切符を買って入城するのに2時間以上待たされたという話を聞かされていたのでしばらく行くことを躊躇していたのだが、ゴールデンウィークが過ぎてそろそろ大丈夫かなと勝手に期待して、先週の土曜日に朝早く自宅を出て久し...
新緑の書写山・円教寺と、その「奥の院」と呼ばれる弥勒寺に残された神仏習合の世界
姫路城を楽しんだ後、西国三十三ヶ所の第二十七番札所である円教寺に向かう。この寺は標高371mの書写山(しょしゃざん)の山上にあり車で行くことは出来ないので、カーナビの目的地を書写山ロープウェイ(079-266-2006)にセットする。姫路城の大手門前駐車場から15分程度で山麓駅のパーキングに到着する。書写山ロープウェイは、毎日8時30分以降、毎時0分、15分、30分、45分に出発するが、団体客がある時などはたまに増発される。山上...
織田信長が「桶狭間の戦い」に勝利した戦略を考える
戦国時代の英雄といえば、わが国が統一される足がかりを作った武将として織田信長の名前を挙げる人が多いだろう。信長は主要な戦いのほとんどで勝利を収め、なかでも、東海道の覇者・今川義元をわずかな兵でうち破った永禄3年(1560)の『桶狭間の戦い』は、信長の主要な戦果の一つとしてほとんどの教科書に記されている。この戦いについては「『上洛』を目指して尾張に侵入した今川義元を、織田信長が迂回路を通って『奇襲』して倒...
吉野の山村から明治という時代を動かした、森林王・土倉庄三郎を振り返る
明治40年(1907)に大阪朝日新聞社から出版された『人物画伝』という本があり、国立国会図書館のデジタルコレクションで公開されているので、ネット上で誰でも読むことが出来る。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778156この本は、明治時代に活躍した国内外の政治家や実業家や文化人など97人の事績をまとめたもので、その当時の国民はほとんど知っている名前ばかりなのだろうが、今ではほとんど知られていない人物の名前が少なか...