明治時代に参政権を剥奪された僧侶たち

私が京都のお寺に生まれたことは何度かこのブログに書いたが、子供のころに何の理由もなく「くそ坊主」とか「洟垂れ小僧」などと罵られていやな思いをするようなことが何度かあった。
このようなことは私に限らずお寺で生まれた人は少なからず経験したとは思うのだが、私が時々このブログで紹介する「廃仏毀釈百年」という本の著者である佐伯恵達氏も宮崎県のお寺の息子で、著書の中で「毎日のようにののしられ…、学校に行っても、一人の先生を除いて他の先生はすべて寺院を軽蔑し、…学校へ行くのがつらく、中学時代は、自分が寺などにどうして生まれたのだろうと、自分の出生をのろったものです。」と子供の頃を振り返っておられる。

この著書の中で佐伯氏は、このように僧侶を馬鹿にするような風潮は廃仏毀釈以降の事だと記されており目からウロコが落ちた。
少し長いがしばらく引用させて頂く。(同書p23-24)
「明治以来終戦まで、神職は官吏として国家から給料をもらって生活していました。一方住職は、もっぱら信者からの布施にすがって生きていかねばなりませんでした。聖職と言う名の乞食でした。生活の保障はなかったのです。しかも明治22年6月以来被選挙権は奪われ、同27年2月には選挙運動を禁止され、同34年11月以来、小学校訓導になることも禁止されてきたのです。」
「一夜にして神職は国家官吏となり、住職は(収入源を)剥奪されて乞食者となりました。これを明治百年の仏教弾圧と言わずして何と言えるでしょう。」
「寺院から菊の紋章を取り外し(明治2年)、寺領を没収し(同4年)、僧侶に肉食妻帯させて(同5年)、なまくさ坊主とはやし立て、上古以来の僧官を廃し、仏教修行の根本たる托鉢を禁止し(同5年)、傍らでは神職に給料制度をしき(同6年)、僧侶の口を封じて落語や講談にまで僧侶の失態を演じさせ(同6年)、学校から神道以外の宗教教育を締め出し(同39年)て、コジキ坊主、ナマクサ坊主とさげすまれて、百年の今にまで至っています。しかし、これはもう誰も知りません。教育とは恐ろしいものです。…」(引用終わり)
紹介した部分は、同書のサワリの部分で、本文にはもっと詳しく書かれている。
たとえば、
「明治27年(1894)日清戦争開始の年。
<僧侶の参政権剥奪>
○二月、(神官)僧侶の議員選挙に関するを禁ず。(内務省訓令)」
※…神官は国家的に保証された官吏ですので、この訓令も実質的には僧侶のみに発せられたものです。婦人参政権の事もありますが、僧侶は婦人なみに取り扱われたのです。僧侶は選挙運動もできなかったのです。…以来昭和20年まで約50年間それは続きました。(同書p311)」
佐伯氏のこの本には「明治政府がこんなことまでしたのか」と驚くようなことがいっぱい書かれており、しかも政府の通達の番号などの根拠まで明示されている。しっかりと事実を踏まえた寺院の立場からの歴史記述に、私の明治の歴史の見方を一変させてくれた。収入源を大きく断たれ、大変厳しい生活を余儀なくされ、社会的地位や基本的な権利も剥奪された僧侶が大変な思いをして、信者の力も得て、今の多くの寺院は守られてきたのである。
普通の歴史の書物には明治政府は廃仏毀釈とは関係がないような書き方がされており、私もこの本を読むまではそう理解していた。しかしよくよく考えると、いつの時代においても、いかなる国においても為政者にとって都合の悪いことは正史から消される可能性が高いのである。何故ならば、時の為政者を批判する歴史が正史であれば、国政が常に批判されて政治が安定するはずがないからである。(但し今の日本昭和史は例外)
しかし、今の時代に明治政府にとって都合の悪い事実を隠す理由がどこにあるのだろうか。太平洋戦争敗戦によって何もかもが変わってしまっている。
幕末から明治にかけての歴史を、いい面も悪い面もバランス良く書けないものであろうか。今のようなキレイゴトだけの正史で明治時代を理解することが続けば、いずれ文化財を博物館でしか守れない時代が来るような気がする。
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