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世界遺産の越中五箇山の合掌造り集落を訪ねて~~富山・岐阜・愛知方面旅行1

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Category富山県
毎年真夏の時期には避暑をかねて旅行することにしているのだが、今年は7/29~7/31の3日間、富山から岐阜方面に行って来た。

初日の7/29は越中五箇山の合掌造り集落を見てから、福地温泉に行く旅程だ。
自宅を早朝に出て、11時頃に五箇山ICを出て五箇山観光の拠点である上梨地区の駐車場に到着した。

「合掌造り」といえば白川郷が圧倒的に有名だが、五箇山の相倉地区や菅沼地区の合掌造り集落も世界遺産に認定されており、五箇山の方が白川郷よりも観光客が少ないので、昔の素朴な生活を感じ取れるのではないかと思い、ずっと前から一度行ってみたかった場所だ。

五箇山村上家外観2

最初に訪れたのは上の画像の「村上家住宅」だ。この住宅は今からおよそ400年ほど前に建築されたと伝えられ、五箇山の代表的な合掌造りの建物で国指定重要文化財に指定されている。

土日はもう少し観光客が来るのかもしれないが、この日の観光客は我々だけだった。

五箇山村上家当主

当主の村上さんといろりを囲みながら、五箇山の歴史や村上家の話を伺うことが出来、最後には五箇山民謡の「こきりこ節」まで唄って頂いた。火をくべながらいろりを囲む雰囲気は妙に落ち着けて、当主の話や歌の魅力に引き込まれていった。

五箇山の自然は厳しく、冬は2mから3mも積雪するのだそうだ。雪の荷重に耐えられるように柱は太く、屋根はほぼ正三角形に組まれている。
五箇山というところは暖かい季節が短いために、米はあまり収穫できず、厳しい冬を過ごすために養蚕をし、和紙を漉き、火薬の原料となる塩硝(えんしょう)を製造して収入源とした。五箇山で製造した塩硝は特に品質が良く、加賀藩に良い値で売れたのだそうだ。

煙硝まや

村上家の入り口近くに塩硝土を作った「煙硝厩(えんしょうまや)」がある。火薬原料となる塩硝製造の工程は加賀藩の軍事機密であったので、幕府や他藩の目を逃れるためにこんな山深い秘境で製造させたのだそうだ。塩硝製造の工程は、村上家のホームページで紹介されている。
http://www.murakamike.jp/history.html

また、五箇山は「こきりこ節」が特に有名だが、他にも多くの民謡があって「五箇山民謡」と総称されて国の無形文化財にも指定されている。
それぞれのメロディーは決して華やかではなく、誰でも歌えそうなシンプルなものだ。

「こきりこ」というのは七寸五分に切られた竹で、この竹を両手で持って叩いて音を出しながら「こきりこ節」を歌う当主の姿が目に焼き付いて忘れられなかった。
売店で何かお土産を買おうとして「こきりこ」を買って帰ったのだが、売店のおばさんの話だとこの地にも若い人がどんどん少なくなって、限界集落化しつつあるとのことだった。

若い世代が残らずして、どうして民俗文化が伝承できるのだろうかと思う。地元の人々が土地の文化に愛着と誇りを持ち、生活の中に根付いてこそ文化が承継されていくと思うのだが、地方における無形の民俗文化の伝承がこれからうまくいくのだろうか。昔の五箇山は農業と養蚕と紙漉きと塩硝で生活が成り立っていたが、明治以降農業以外の現金収入が急激に細っていってしまった。この辺鄙な豪雪地帯では農業だけでは生活は厳しく、他の収入が乏しければ人をつなぎとめることが出来ず、民俗文化を支える共同体が崩壊してしまう。 こういう地域に来るといつも何かを買うことにしているのだが、五箇山に限らず地域の貴重な民俗文化を残していくためには、少しでも多くの人がその地に訪れてお金を落とすことが重要なのだと思う。

五箇山白山宮本殿

村上家住宅の少し東に「白山宮」というお宮さんがあり、この本殿は国の重要文化財に指定されている。
「白山宮」は白山菊理媛命を主神とし、諏訪大明神、宇佐八幡宮をも祀る神社ではあるが、今も神仏習合の遺風が温存されており、十一面観世音菩薩を本尊としているそうだ。
ただしこの仏像は秘仏であるために普段は公開されず、三十三年に一度開帳されるのだそうだ。

こきりこ祭り

この場所で毎年9月25、26日には「こきりこ祭り」が行われ、五箇山民謡にあわせて踊りが奉納され、両日の最後に来場者全員が保存会のメンバーと一緒に「こきりこ総踊り」が行われるという。その動画がネットでアップされているのを見つけたが、保存会の衣装も踊りもかなり歴史を感じるし、祭りで人々の心がひとつになって、とてもいい雰囲気だ。
http://www.kokiriko.com/movie/souodori.wmv

五箇山豆腐とそば

五箇山は豆腐もそばも有名だ。村上家住宅のすぐ近くにある「拾遍舎」というお店にいったが、ここを入ったのは正解だった。少し硬めの「五箇山豆腐」も良かったが、自家製粉して五箇山の美味しい水で手打ちした「そば」もとても旨かった。

五箇山流刑小屋

昼食を終えて、庄川に架かる「太平橋」を渡り、田向地区の「流刑小屋」に行く。今は橋がかかっているので対岸に簡単に渡れるのだが、庄川の右岸地区は江戸時代には加賀藩の流刑地とされ、罪人が逃亡しないように庄川には橋を架けさせず、一人では渡れないよう、篭の渡しを使わせていたそうだ。このような小屋が昔はいくつかあって、明治維新までの間に延べ200人の罪人がこのような小屋で過ごしたそうだ。

五箇山羽場家住宅

この流刑小屋から少し歩くと、重要文化財の羽馬家がある。この住宅は公開されていないが、五箇山の民家としては初期に建てられたもので、建築時期は江戸時代の寛文年間(1661~1672)と推定されている。

次に向かったのは世界遺産に指定された「相倉集落」。ここには20棟の合掌造りが残っている。

五箇山相倉集落全景

駐車場の裏の山の道を行くと、この集落の全体が見渡せる場所がある。
先程の「村上家住宅」のような大きな住居はなく、重要文化財に指定されている建物も工芸品なども存在しない。にもかかわらず世界遺産に指定されたのは、多くの合掌造りの家が昔のままに残されているからだ。これだけの家を古いままで残すことには、今まで相当な苦労があったことだろう。
これだけ多くの合掌造りの家を見ていると、江戸時代にタイムトリップしたような気分になる。この集落の内8軒は民宿を営んでいるが、こういう場所で泊まるのもいい思い出になりそうだ。

五箇山相倉集落

「相倉集落」には見どころがいろいろあるのだが、この画像の手前にあるのが「原始合掌家屋」。竪穴式住居の発展形の様な建物で、現在は物置小屋に使われているようだ。

合掌造りの建物を利用した「相倉民俗館」が集落に2棟あり、そこに五箇山の民俗資料や生活道具などが展示されている。

続いて、世界遺産の「菅沼集落」に進む。

全景五箇山菅沼集落

国道156号線沿いに駐車場が出来て、国道沿いを歩くと集落全体が見渡せる場所がある。上の写真は、国道から撮った画像である。

ここには9棟の合掌造りの住居が残されているが、ここものどかで落ち着いた雰囲気が良い。「塩硝の館」「五箇山民俗館」で塩硝の資料や貴重な民具を見て回ったのち、喫茶掌で小休憩をとった。

五箇山岩瀬家住宅

最後に西赤尾集落に進む。ここには五箇山地方の民家としては最大規模の合掌家屋であり、国の重要文化財に指定されている「岩瀬家住宅」がある。この住宅は、加賀藩に塩硝を取りまとめて納入する上煮役の藤井長右エ門が8年かけて建てたものだそうだ。

ここまで見て、宿泊先の福地温泉「元湯孫九郎」に向かう。
五箇山から100km以上あるので結構時間がかかる。

福地温泉のこの宿は温泉は100%かけ流しで、透明なお湯の内湯と白濁したお湯の露天風呂とは泉源が異なるのだそうだ。「美人の湯」と言われる内湯も良かったが、雨に打たれながら広い露天風呂も気持が良かった。

孫九朗の夕食

夕食は奥飛騨の食材を使った会席料理でどれも美味しかったが、生まれて初めてのナマズのお刺身も美味しくいただけた。画像の刺身の器に盛られているのは、右からコイ、マス、ナマズである。
この旅館は温泉も料理も雰囲気もとても良い。
食事が終わってから、近くにある「昔ばなしの里」で7/25から1ヶ月にわたって行われる、高山市の指定無形文化財の「へんべとり」という獅子舞を見に行くつもりだったが、残念ながら雨のために中止となった。
今度来るときは、やはりこの宿に泊まって、是非この獅子舞を見たいものだと思った。
(つづく)
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