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越前和紙で栄えた地域の歴史と文化と伝統の味を楽しむ~~越前の歴史散策1

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Category福井県
越前市は品質、種類、量ともに全国一位の和紙生産地として知られているが、この地における和紙作りには1500年という長い歴史があるのだという。そして、和紙生産の中心地である5つの集落(新在家町、定友町、岩本町、大滝町、不老町)を昔から五箇(ごか)と呼び、その大滝町にこの地に紙の製造法を伝えたとされる川上御前(かわかみごぜん)が祀られている神社がある。この神社には立派な社殿があるだけでなく神仏習合の行事が今も行われていて、平安時代の仏像が残されていることに興味を覚え、越前方面の旅行の最初に訪れることにした。
この地域を巡るには、次のURLにある「和紙の里」めぐりの地図がわかりやすい。
http://www.echizenwashi.jp/information/pdf/pamphlet_area.pdf

和紙の里地図

『越前和紙』のホームページに、この地における和紙生産のはじまりに関する『川上御前の伝説』が紹介されている。
http://www.washi.jp/history/index.html

継体天皇が男大迹王(おおとのおう)として、まだ、この越前に潜龍されておられたころ、 岡太(おかもと)川の川上の宮が谷というところに忽然として美しいお姫様が現れました。
『この村里は谷間であって、田畑が少なく、生計をたてるのにはむずかしいであろうが、清らかな谷水に恵まれているので、紙を漉けばよいであろう』と、自ら上衣を脱いで竿にかけ、紙漉きの技をねんごろに教えられたといいます。習いおえた里人は非常に喜び、お名前をお尋ねすると、『 岡太川の川上に住むもの』と答えただけで、消えてしまいました。それから後は、 里人はこの女神を川上御前とあがめ奉り、 岡太神社(おかもとじんじゃ)を建ててお祀りし、その教えに背くことなく紙漉きの業を伝えて今日に至っています。」

継体天皇は応神天皇の5世孫にあたり、以前は男大迹王として越前国を治めていたのだが、第25代武烈天皇が跡継ぎを定めずに崩御された際に白羽の矢が立ち、中央豪族の推戴をうけて西暦507年に河内国樟葉宮において即位され、第26代の天皇となったとされている。この継体天皇が越前の王であった時代は5世紀末から6世紀のはじめなので、この地における和紙の生産について1500年以上の歴史があることになるのだが、この地における和紙生産が相当古くからおこなわれていたことについては、川上御前の伝承だけではなく、正倉院文書に記録が残されているという。

全国手すき和紙連合会のホームページにはこう解説されている。
「越前和紙は、日本に紙が伝えられた4~5世紀頃にはすでに優れた紙を漉いていたようです。正倉院文書の天平9年(737)『写経勘紙魁(しゃきょうかんしげ)』に「越経紙一千張薄」とあり、写経用紙として薄紙も納めていたので、すでに技術水準が高かったといえます。」
http://www.tesukiwashi.jp/p/echizen1.htm

川上御前
【川上御前】

紙漉きの業を伝えた川上御前は、紙祖神(しそじん)として今もこの地で尊崇され、その姿を模した分霊の像は、どこの紙屋でも高い場所に鎮座されているのだという。この神様は、わが国で存在する唯一の「紙の神様」なのだが、群を抜く越前和紙の品質の高さは、紙祖神に対する地域の人々の厚い信仰抜きでは語れないのだと思う。

前掲のホームページにはこう解説されている。
「平安時代には中男作物の紙を納め、中世には鳥子紙・奉書紙の名産地となっています。近世にはさらに檀紙の産地として名声を博し、最高品質を誇る紙の産地で、『雍州府志(ようしゅうふし)』は「越前鳥子是を以て紙の最となす」と讃え、『経済要録』には「凡そ貴重なる紙を出すは、越前国五箇村を以て日本第一とす」と評しています。
寛文元年(1661)に初めて藩札を漉き出したのも、明治新政府の太政官金札(だじょうかんきんさつ)用紙が漉かれたのもこの地です。また、横山大観始め、多くの芸術家の強い支持を得て、全国に越前和紙の名は知られています。」
http://www.tesukiwashi.jp/p/echizen1.htm

岡太神社 大瀧神社 鳥居

上の画像は大瀧神社・岡太(おかもと)神社(〒915-0234 越前市大滝町23-10 ☏ 0778-42-1151)の鳥居で、主祭神は大瀧神社が国常立尊(くにとこたちのみこと)・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)で、岡太神社が川上御前である。
標高326mの権現山山頂付近にある奥の院にはそれぞれの本殿が別々に建てられているそうだが、下宮の本殿・拝殿は両神社の共有になっているというところが面白い。

大瀧神社 境内の紅葉

この神社の境内域の森林はふるさと文化財の森に指定されており、鳥居をくぐると樹木に囲まれた神秘的な雰囲気の境内が広がる。この時期は銀杏の木の色づきが鮮やかで、今月下旬までは美しい秋の景色が楽しめそうである。

手水舎で手を清めていると、ボランティアの方に声をかけて頂き、木造十一面観音(越前市指定文化財)の拝観を勧められ、手水舎の奥にある観音堂(絵馬堂)に向かった。
大瀧神社はもともと神仏習合で「大瀧児(おおちご)権現(大瀧寺)」と称し、中世には勝山市の平泉寺の末寺となり広大な寺域に48坊の堂塔が建ち600余人の衆徒がいて隆盛を誇ったが、織田信長による一向一揆討伐の兵火にかかり全山が焼失。その後丹羽長秀を始め歴代領主の保護を受けて復興したのち、明治維新の神仏分離令により大瀧神社と改称されたという。仏像などは処分せず、法徳寺などの寺に預かってもらったおかげで、貴重な平安時代の仏像が今も残されている。

大瀧神社 絵馬堂の十一面観音座像

観音堂にある木造十一面観音坐像はご祭神の本地仏として平安時代初期に制作されたものだという。神社が仏像を保有している事例は今まで何度かこのブログで書いてきたが、所有している仏像を一般に公開しているところは殆んどない。大瀧神社が仏像を保有していることは事前に調べて知ってはいたが、拝観は難しいと思っていたので、拝観の声をかけて頂いただけでなく撮影の許可までしていただいた時は本当に嬉しかった。この日はたまたまバスで団体の観光客が来られる予定とのことで、運よく拝観できたのかもしれない。

大瀧神社 神門

上の画像は神門だが、この門をくぐると国の重要文化財である大瀧神社本殿および拝殿がある。

大瀧神社 拝殿・本殿

この建物は天保14年(1843)に建築されたものだが、屋根は檜皮葺で重厚にして躍動感があり、柱や本殿の壁面などには驚くほど装飾性の高い彫刻が施されている。大工の棟梁は大久保勘左衛門で、大本山永平寺の勅使門を手がけた人だという。

大瀧神社 拝殿の彫刻

上の画像は拝殿の彫刻で、下の画像は本殿の彫刻であるが、この地域が和紙作りで如何に豊かであったかが、この建物を鑑賞すれば誰でもわかるだろう。

大瀧神社 本殿の彫刻

権現山の山頂付近に奥宮があり、岡太神社、大瀧神社、八幡宮の三つの建物が並んでいるのだそうだ。御神木の大杉やぜんまい桜、ブナの大木が林立する社叢を観ても良かったのだが、旅程を優先して断念した。奥宮までは歩いて約30分とのことだった。

次の目的地である紙の文化博物館(〒915-0232 越前市新在家町11-12 ☏ 0778-42-0016)に向かう。道路の反対側にコミュニティー広場の無料駐車場があり、チケットは卯立の工芸館と共通である(\200)。

紙の文化館には越前和紙の産地の歴史や和紙の利用についての様々な展示がある。
明治維新後、幕府などに納めていた越前和紙の需要が激減し、五箇の紙漉きは存続の危機に陥るのだが、明治維新政府の参与となった福井藩出身の由利公正が、全国統一紙幣である太政官札の発行を建議し、藩札用紙の漉き立ての実績があり大量生産が可能な五箇の紙が選ばれたのだそうだ。その後、新政府発行の紙幣はドイツ製の洋紙に変更されたが、明治8年(1875)に大蔵省抄紙(しょうし)局が設けられ用紙の独自製造が再開されると、その際に越前和紙の紙漉き職人が上京して新紙幣の用紙を漉いて技術指導を行った記録がある。
また越前和紙職人は偽造防止の為に透かし技法を開発し、日本の紙幣製造技術の飛躍的進化に貢献したという。その後も大正12年(1923)には大蔵省印刷局抄紙部に「川上御前」の御分霊が奉祀され、昭和15年(1940)には大蔵省印刷局抄紙部出張所が岩本(越前市岩本町)に設置されるなど、越前和紙の技術はわが国の紙幣発行に不可欠なものであったのである。

卯立の工芸館

紙の文化博物館から歩いてすぐの所に卯立の工芸館(〒915-0232 越前市新在家町9-21-2 ☏ 0778-43-7800)があり、紙漉き職人の実演を見ることが出来る。
この建物は、江戸中期寛延元年(1748)に建てられた紙漉き家屋・西野平右衛門家を平成8~9年に移築したもので、国登録文化財になっている。

卯立の工芸館の玄関を入った土間と板の間

玄関を入ると広い土間と板の間があり、紙の原料である楮(こうぞ)などの煮釜がある。そして流しや井戸があり、紙漉き場がある。

紙漉き実演

和紙を作るには原料の皮をはぎ、白皮を煮たあと塵を取り、煮た皮をトントンとたたいて繊維を解きほぐし、叩いた皮を水の中で念入りに洗って不純物を洗い流す。その後漉舟の中の紙原料が早く沈まないようにするため、とろろあおいの根の部分を臼でついて採った粘液(ねり)をまぜる。そうしてから紙を漉くのだが、簡単そうに見えるものの均一な和紙に仕上げるためにはかなりの熟練が必要だという。あとは圧搾して水分を絞り、1枚ずつ板に張り付けて天日で紙を乾かすのだが、越前では紙の肌合いを重視して、干板は雌の銀杏の板を用いるのだそうだ。

この工芸館で本格的な流し漉き体験ができるコース(一人5千円)があるのだそうだが、簡単な紙漉き体験なら近くのパピルス館で封筒作りやうちわ作りなど多くのメニューが用意されているようだ。

しかしながら、よくよく考えると、今日の生活で和紙を使うことが随分少なくなってしまっている。昔は筆で字を書くこともあったのだが、今ではほとんどなくなってしまった。
パソコンや携帯機器が普及したことの影響で手紙を書くことがなくなり、書類なども印刷することが少なくなって、和紙だけでなく洋紙の需要も低迷しつつある。また電子マネーの利用が増加して、紙幣の需要も低下傾向にあり、このままでは、和紙にせよ洋紙にせよ、どちらも市場は縮小していくばかりである。
この地域の素晴らしい文化と伝統と景観を守るためには、越前紙が売れることが必要なのだが、そのためには絵画用、版画用、工作用、手芸用、建築用などの用途をもっと開拓していかなければならないはずだ。しかしながら紙という素材は、書く、描くという用途を離れて、消費者が飛びつくような新しい商品を開発することは決して容易なことではないのである。とりあえずおみやげに便箋を1つだけ購入したが、いつ使うことになるかはわからない。

せっかく越前に来たのだから、昼は越前蕎麦が食べたいと思って、近くの森六(越前市粟田部町26-20 ☏ 0778-42-0216)に向かう。和紙の里のコミュニティー広場の駐車場から1.5kmで、車で5分程度で到着する。

森六店内

明治4年創業の古いお店で、店構えも店内もレトロな雰囲気が漂う。店内には所狭しと芸能人らの色紙が飾られている。

越前蕎麦

メニューは越前おろしそばと越前せいろそば、スペシャルせいろそばの3つだけだが、迷わずおろしそばの大盛りを注文した。

黒っぽくてやや太めの蕎麦の上に辛味大根とネギと鰹節が載っているだけなのだが、噛めば噛むほどそばの甘みとおろしの辛みが混ざり合ってなかなか旨かった。
<つづく>

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【ご参考】
このブログで紹介した、神仏習合の風景が楽しめる神社。

いずれも、神社の境内に三重塔や多宝塔が残されています。

①柏原八幡宮(兵庫県)
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-289.html

②名草神社(兵庫県)
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-228.html

③談山神社(奈良県)
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-78.html

④新海三社神社(長野県) 
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-401.html

⑤若一王子神社(長野県)
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-404.html

④邇々杵神社(滋賀県)
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-558.html

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2Comments

つねまる  

和紙

こんばんは。いつもありがとうございます。
ろうそく能の時、ろうそくを囲った和紙を海外のお客様から譲って欲しいと言われ、驚きました。

小学校のお習字では、ツルツルの表とざらざらの裏がある新しい紙が一般でしたが、祖母が「文字がすべりゃあす。お稽古にならせん(名古屋弁)」と昔ながらの和紙を持たせてくれ、いつも先生方から「紙を」誉められました。苦い思い出です。

謡本も昨今はお習字の紙と同様に新しい紙製品になってますが、古本(昭和40年代でも可)の方が質がよく、耐久性が違います。補修材としても重宝してます。

越前和紙を紐状にしたものは頑丈なのに柔軟性に富み、今でも使ってます。

お札も文具も、日本の紙製品が世界一だと思います。越前、カニさんの季節ですね…。行きたいなぁ。

2018/11/19 (Mon) 21:01 | EDIT | REPLY |   
しばやん

しばやん  

Re: 和紙

つねまるさん、コメントありがとうございます。とても励みになります。

今の世の中は紙の耐久性は重要視されていませんが、後世に残すことを考えれば耐久性は重要ですね。
しかし、日常生活で和紙を使うことがほとんどなくなっています。
長く越前和紙が残ってほしいのですが、用途の開拓もしていかねばならないでしょう。

カニさん、もちろん食べに行きました。地元のカニを食べるのは民宿がいいですね。

2018/11/20 (Tue) 06:59 | EDIT | REPLY |   

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